
今日やっと実家から戻ってきました。これでやっとPCに向かえる!
明日からはみなさんのところにも気軽に訪問できるので、足跡も残していきますね!
とりあえず、今夜は携帯から更新です。腱鞘炎になりそう
今日は実家から電車で鎌倉は長谷寺へ行ってきました。長谷寺はこのあたりでは水子供養で有名なお寺です。私は去年、天使の供養をこちらでお願いしたので、また今年もお参りに行きました。天使がそこにいる訳ではないけれど、やっぱり感じるものがあって、手を合わせる度にウルウルしてしまいました。
とりあえず、みんな元気でやっているよの報告と、宙出産時の安産をお願いしてきました。天使に届いているかしら?
その後、さらに先にある鎌倉の大仏様にご挨拶してきました。いつみても…デカイです(笑)
今日のところはこれくらいで引き上げてきました。一応臨月の妊婦だし、無理は禁物ってことで!
帰りは江ノ島経由にしたので、みーと父さんは海見物。みーは結構はまったようで、手足スナダラケ
写真は大仏様です。鎌倉の大仏様は大仏の中にも入れるんですよ。さすがにこの時期はサウナ状態なので入っていく人はいないですけどね
珍しく便秘気味のてんきです。
今日で3日目・・・なんかモヤモヤ気持ち悪いですぅ。明日は健診なので、今日中か明日の朝までにすっきりしたいなぁ。
そして、とうとう大台を突破!便秘が解消したら少しは減るだろうけど・・・。出産までに10kgで抑えたかったのに、、、意志薄弱な私です
1年前の今日。私は天使とお別れしました。
ちょうど今頃かなぁ、手術台の上だったのは。
前の晩に思いっきり泣いたので、その日はすっきりした気持ちでお別れできた記憶があります。
1年経った今でも、思いだすと涙が出てきます。
天使はお空で元気にしているかしら??
また今度、天使の供養をお願いしたお寺にお参りに行こうと思っています。もうすぐ臨月なので、いつ行けるか分からないけど・・・(今週末は実家に行くので
)。
追記です。
今更ながら、天使の指輪を見てて分かったことです。
指輪のデザインのことなんですけど、真ん中のダイヤを中心に4組の羽根が描かれています。
私はずっと
何で4組なんだろう?「4」なんて縁起悪そうなのになぁ。。。
って思っていたんです。
だけど、よくよく考えると、この指輪はもともとマリッジ用にデザインされたもの。縁起だって担ぐはずです。
ということは・・・
4組の羽根が向かい合って並んでいるってことだから・・・
そうか!幸せ(四合わせ)って意味だったんだぁ!
ああ、すっきりした〜。
意味が分かって、ますます愛着が湧いてきました。
皆さんにも幸せが訪れますように♪
今日で3日目・・・なんかモヤモヤ気持ち悪いですぅ。明日は健診なので、今日中か明日の朝までにすっきりしたいなぁ。
そして、とうとう大台を突破!便秘が解消したら少しは減るだろうけど・・・。出産までに10kgで抑えたかったのに、、、意志薄弱な私です

1年前の今日。私は天使とお別れしました。
ちょうど今頃かなぁ、手術台の上だったのは。
前の晩に思いっきり泣いたので、その日はすっきりした気持ちでお別れできた記憶があります。
1年経った今でも、思いだすと涙が出てきます。
天使はお空で元気にしているかしら??
また今度、天使の供養をお願いしたお寺にお参りに行こうと思っています。もうすぐ臨月なので、いつ行けるか分からないけど・・・(今週末は実家に行くので
)。追記です。
今更ながら、天使の指輪を見てて分かったことです。
指輪のデザインのことなんですけど、真ん中のダイヤを中心に4組の羽根が描かれています。
私はずっと
何で4組なんだろう?「4」なんて縁起悪そうなのになぁ。。。
って思っていたんです。
だけど、よくよく考えると、この指輪はもともとマリッジ用にデザインされたもの。縁起だって担ぐはずです。
ということは・・・
4組の羽根が向かい合って並んでいるってことだから・・・
そうか!幸せ(四合わせ)って意味だったんだぁ!
ああ、すっきりした〜。
意味が分かって、ますます愛着が湧いてきました。
皆さんにも幸せが訪れますように♪
今日から4ヶ月になりました!
明日は待ちに待った妊婦健診の日です。元気に育っているかしら?
そうそう胎児名は「宙(そら)」に決定しました!私が「てんき」なので、おなかの子は「そら」。。。あんまり関係ないか
今日は世間一般にひな祭りの日ですね。我が家は朝のちらしに入っていた小僧寿しのキティちゃんのお皿に惹かれて、おすしの予約をしちゃいました。我が家みたいなところが多かったら、宣伝効果抜群ですね。しっかり術中に陥っています。
更に33なので、耳の日とも言いますね。日本耳鼻咽喉科学会が1956年に制定したんだそうです。こんなポスターまで作られているみたいですよ。

・・・みたことないけど・・・。
それと、我が家にはもう一つあります。
今日は。。。天使の予定日だったんですね。
順調に行っていたら、今月はみーがお姉ちゃんになれてたはず。まあ、今更言ってもしょうがないことなんですけど。
なので、今日は天使とお別れしたときのことを少し書きたいと思います。
明日は待ちに待った妊婦健診の日です。元気に育っているかしら?
そうそう胎児名は「宙(そら)」に決定しました!私が「てんき」なので、おなかの子は「そら」。。。あんまり関係ないか

今日は世間一般にひな祭りの日ですね。我が家は朝のちらしに入っていた小僧寿しのキティちゃんのお皿に惹かれて、おすしの予約をしちゃいました。我が家みたいなところが多かったら、宣伝効果抜群ですね。しっかり術中に陥っています。
更に33なので、耳の日とも言いますね。日本耳鼻咽喉科学会が1956年に制定したんだそうです。こんなポスターまで作られているみたいですよ。

・・・みたことないけど・・・。
それと、我が家にはもう一つあります。
今日は。。。天使の予定日だったんですね。
順調に行っていたら、今月はみーがお姉ちゃんになれてたはず。まあ、今更言ってもしょうがないことなんですけど。
なので、今日は天使とお別れしたときのことを少し書きたいと思います。
今回の妊娠では今のところつわりがほとんどないってことで、今度は流産のときのつわりについて書きたいと思います。
あの時は、排卵前(6月に入ったころ)から吐き気がしていて、PMSがずいぶん前から出てるなぁと思っていました。当時妊娠中だった友達にその話をしたら、
『私も妊娠する半年くらい前から、そんな感じで吐き気がしてたよ』とのこと。
じゃあ、これは前兆?!なーんて期待しつつ、ちょこちょこフライング検査をするものの陰性。最後の生理は5月10日で、前回も書きましたが、基礎体温は測ってなかったので、そろそろだろうと6月8日→陰性(後から考えると排卵前
)。もういいかなと6月14日→陰性(同じく着床前
)。
このころは仕事が忙しく、毎週のように休日出勤していました。8日間連続出勤もあったりしたので、吐き気は疲れから来ているのかなとも思ったり。
6月22日には吐き気がそのころのピークに達し、私はギブアップして会社を休みました。その二日後、いい加減生理が来てないので、検査したところ陽性。
6月12日の休出の時に下っ腹に痛みを感じ、「卵ちゃん流れないで、ちゃんと着床して〜」なんて祈ってました。今から考えるとどうやらこれが排卵痛だった模様。最後に仲良くしたのは3日だったので、その時の○〜君が残っていたのだとすると、なんと9日間も生きていたことに!どうやら祈りが通じたらしく、その○〜君で妊娠できちゃったんですねぇ。
それからと言うもの、二人目のつわりはひどいっていうしなぁと、ひたすら耐えていたのですが、みーの時よりひどかったです。食べるたびに吐く。食欲はないけど、食べ始めたら食べられる、けど吐く、の繰り返し。1回吐いてしまうと、耐えられなくなって毎度毎度繰り返してしまいました。
そして2回目のピーク。7月19・20日と起きていると吐き気が止まらなくなり、会社を休みました。が、21日にはふっと楽になり、早いけど、峠を越したのかしら?と喜んでいたところ、30日に流産宣告。振り返ってみれば、21日のつわりが楽になったころ、お腹の子が天に帰っていったんだと思います。
その後もプチつわりは続きましたが、ピークほどではなく、でもお腹の子は死んでしまったのに何でつわりがあるの?って哀しくなりました。手術後にパッタリなくなってしまったのも、また逆に哀しくて。。。
初期の流産は子供の方に問題があることがほとんど。9日間も私の中でがんばって卵を待っていた○〜君でしたが、かなり老化しちゃっていたんだろうなぁ。
今となっては。染色体の異常によるものなのか、それとも臍帯を自分でつぶしてしまったのが原因かは分かりません。標本にして調べたみたいですが、異常は見つからなかったそうです。
あのひどかったつわりは、『私(多分女の子だったんじゃないかと思います)がいたことを忘れないでね』って言ってたんじゃないかと思っています。もちろん、そうでなくたって忘れることなんて出来ませんけどね。
あの時は、排卵前(6月に入ったころ)から吐き気がしていて、PMSがずいぶん前から出てるなぁと思っていました。当時妊娠中だった友達にその話をしたら、
『私も妊娠する半年くらい前から、そんな感じで吐き気がしてたよ』とのこと。
じゃあ、これは前兆?!なーんて期待しつつ、ちょこちょこフライング検査をするものの陰性。最後の生理は5月10日で、前回も書きましたが、基礎体温は測ってなかったので、そろそろだろうと6月8日→陰性(後から考えると排卵前
)。もういいかなと6月14日→陰性(同じく着床前
)。このころは仕事が忙しく、毎週のように休日出勤していました。8日間連続出勤もあったりしたので、吐き気は疲れから来ているのかなとも思ったり。
6月22日には吐き気がそのころのピークに達し、私はギブアップして会社を休みました。その二日後、いい加減生理が来てないので、検査したところ陽性。
6月12日の休出の時に下っ腹に痛みを感じ、「卵ちゃん流れないで、ちゃんと着床して〜」なんて祈ってました。今から考えるとどうやらこれが排卵痛だった模様。最後に仲良くしたのは3日だったので、その時の○〜君が残っていたのだとすると、なんと9日間も生きていたことに!どうやら祈りが通じたらしく、その○〜君で妊娠できちゃったんですねぇ。
それからと言うもの、二人目のつわりはひどいっていうしなぁと、ひたすら耐えていたのですが、みーの時よりひどかったです。食べるたびに吐く。食欲はないけど、食べ始めたら食べられる、けど吐く、の繰り返し。1回吐いてしまうと、耐えられなくなって毎度毎度繰り返してしまいました。
そして2回目のピーク。7月19・20日と起きていると吐き気が止まらなくなり、会社を休みました。が、21日にはふっと楽になり、早いけど、峠を越したのかしら?と喜んでいたところ、30日に流産宣告。振り返ってみれば、21日のつわりが楽になったころ、お腹の子が天に帰っていったんだと思います。
その後もプチつわりは続きましたが、ピークほどではなく、でもお腹の子は死んでしまったのに何でつわりがあるの?って哀しくなりました。手術後にパッタリなくなってしまったのも、また逆に哀しくて。。。
初期の流産は子供の方に問題があることがほとんど。9日間も私の中でがんばって卵を待っていた○〜君でしたが、かなり老化しちゃっていたんだろうなぁ。
今となっては。染色体の異常によるものなのか、それとも臍帯を自分でつぶしてしまったのが原因かは分かりません。標本にして調べたみたいですが、異常は見つからなかったそうです。
あのひどかったつわりは、『私(多分女の子だったんじゃないかと思います)がいたことを忘れないでね』って言ってたんじゃないかと思っています。もちろん、そうでなくたって忘れることなんて出来ませんけどね。
もうすでに家に帰りたい気分のてんきです。
足腰だるくて、座っているのも辛いのだ。
なので、気を紛らわせるために、前回の妊娠のことでも思い出しつつ、綴ってみます。
その妊娠が発覚したのは2005年6月24日。数日前から気持ちが悪く、会社を休んでいたりしたので、生理もまだこないしなと思いチェックしたら、ばっちり陽性!
もともと生理不順だったし、さらに、このときはまだみーにオッパイをあげていたので基礎体温もうまく測れなくて、二人目は欲しかったけどなかなかできず、これでダメなら少しお休みしようと思っていたときのことでした。
すぐに病院へ行ってもどうせ見えないしと、初診察は1週間後の7月1日に。その時は自己流計算からすると6週にはなっていて、胎芽も見えるんじゃないかと期待して行きました。が、結局見えたのは胎嚢だけ。2週間後にまた診察したら、その時は心拍まで確認できました。
もう一安心かな〜と思っていたところ、さらに2週間後の7月30日。胎芽は少し成長していたものの、心拍停止状態でした。大体8週くらいでした。
「この時期の流産は赤ちゃんに問題のあることが多いんだよ。あと、この子はこの出来かけの胎盤にすごい近いところにいるから、もしかすると動きすぎて臍帯をつぶしちゃったのかもしれないね。これは誰にも防ぎようがなくて、事故にあったみたいな事だから・・・。すぐには納得できないだろうから、来週中に再確認して、それでもダメなら手術をしましょうね」
私は愕然としていたものの、すぐ号泣するかと思いきや、全く涙は出てこなくて、なんだか人事のような感じでした。
会計を済ませてから、旦那にメール。「赤ちゃん、ダメだったみたい」
すぐ来た返事が、「そういう運命だったのかもしれないね」
・・・これって、どういう意味?!なんて少し憤慨しつつ、実際電話で話をすると、もう涙があふれてきて、電車で帰るつもりだったけど、迎えに来てもらうことにしました。
家に帰り、みーを抱きしめると、止まりつつあった涙が復活し、抱いたまま大泣きしました。「みーちゃん。お腹の赤ちゃん、死んじゃったよぉ」。みーはそんな私に戸惑いながらも、頭をなでていてくれました。みーが1歳7ヶ月のことでした。
ちょっとウルウルきてしまったので、続きはまた今度・・・。
足腰だるくて、座っているのも辛いのだ。
なので、気を紛らわせるために、前回の妊娠のことでも思い出しつつ、綴ってみます。
その妊娠が発覚したのは2005年6月24日。数日前から気持ちが悪く、会社を休んでいたりしたので、生理もまだこないしなと思いチェックしたら、ばっちり陽性!
もともと生理不順だったし、さらに、このときはまだみーにオッパイをあげていたので基礎体温もうまく測れなくて、二人目は欲しかったけどなかなかできず、これでダメなら少しお休みしようと思っていたときのことでした。
すぐに病院へ行ってもどうせ見えないしと、初診察は1週間後の7月1日に。その時は自己流計算からすると6週にはなっていて、胎芽も見えるんじゃないかと期待して行きました。が、結局見えたのは胎嚢だけ。2週間後にまた診察したら、その時は心拍まで確認できました。
もう一安心かな〜と思っていたところ、さらに2週間後の7月30日。胎芽は少し成長していたものの、心拍停止状態でした。大体8週くらいでした。
「この時期の流産は赤ちゃんに問題のあることが多いんだよ。あと、この子はこの出来かけの胎盤にすごい近いところにいるから、もしかすると動きすぎて臍帯をつぶしちゃったのかもしれないね。これは誰にも防ぎようがなくて、事故にあったみたいな事だから・・・。すぐには納得できないだろうから、来週中に再確認して、それでもダメなら手術をしましょうね」
私は愕然としていたものの、すぐ号泣するかと思いきや、全く涙は出てこなくて、なんだか人事のような感じでした。
会計を済ませてから、旦那にメール。「赤ちゃん、ダメだったみたい」
すぐ来た返事が、「そういう運命だったのかもしれないね」
・・・これって、どういう意味?!なんて少し憤慨しつつ、実際電話で話をすると、もう涙があふれてきて、電車で帰るつもりだったけど、迎えに来てもらうことにしました。
家に帰り、みーを抱きしめると、止まりつつあった涙が復活し、抱いたまま大泣きしました。「みーちゃん。お腹の赤ちゃん、死んじゃったよぉ」。みーはそんな私に戸惑いながらも、頭をなでていてくれました。みーが1歳7ヶ月のことでした。
ちょっとウルウルきてしまったので、続きはまた今度・・・。
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